もはや恋愛が面倒くさい?

先日、内閣府が全国の結婚適齢期(この言葉もどうかと思う)の20~39歳の男女に聞いた「結婚・家族形成に関する意識調査」を取り上げた新聞記事を見ました。

この調査は2014年12月から無作為抽出で選んだ全国の男女の未婚で、かつ恋人がいない7000人を対象に郵送で実施、2643人から回答があったそうです。それによりますと、なんと男性の36.2%、女性の39.1%が「恋人がほしくない」と答えたそうです。

年代別では男女とも20代が一番多く、男性39.7%、女性が41.1%だそう。なお「恋人がほしくない」理由を複数回答で聞いたところ

①「恋愛が面倒(46.2%)」

②「自分の趣味に力を入れたい(45.1%)」

③「仕事や勉強に力を入れたい(32.9%) 」

④「恋愛に興味がない(28%)」だったそう。

4年前の同じ調査では「統計処理の方法が違うため、単純比較できない」と内閣府はしながらも、「恋人がほしくない」人が31.6%と、今回より6ポイント低かったことに危機感を抱き、この結果を6月22日に閣議決定された少子化対策白書に盛り込んだとも。

確かに大学卒業して就職する20代では、仕事でのキャリア形成や、自由に使える一定の収入を得たことで趣味やスキルアップなど「自分への投資」に関心がいくのは、ある程度しかたないと思います。

私事ですが、20代は仕事が中心で、とにかく職場の中で自分の定位置を確保しようと奮闘していました。もちろん、休みの日は休日出勤もありましたが、基本は自分のためだけに時間を使おうと、趣味に没頭していました。

会社内外で親しくする人はいましたが、恋愛には至らず。結局、今の主人にコクられて、つきあい始めたのは28歳。まだまだ男社会だった新聞社で「このまま仕事を続けても、これ以上の役職は来ない。人生の1回目の転機かも…」と思ったのが、恋愛、そして30歳での結婚までつながったのです。

調査でも女性の方が「恋人がほしくない」割合が高かったようですが、女性は仕事を持ったとき、恋愛、そしてその先がつながるかもしれない結婚、それに伴う退職まで一直線につながってしまうので、かなりハードルは高くなると思います。

でも「恋愛が面倒」ではなく、人付き合い、人と深くかかわることが、そもそも面倒なのでは? なお先の調査では、「年収がいくらなら恋人がほしいか」との質問も。

それによると男性は「400万円以上(79.7%)」、女性は「200万円以上(70.7%)」が一番多かったそうです。

男性の年収400万円を単純に12カ月で割ると、約33万円。女性の200万円を12カ月で割ると、約16万円。
非正規で年収200万円以下の若年層も多いなか、社会的格差も恋愛に踏み切れない事情にあると思います、特に男性は、恋愛中は女性におごったり、プレゼントをあげたりと、負担する額が多いからちゅうちょしますよね。

新聞社に残る男社会の慣習

このごろはNHKのニュース番組を見ていても、報道記者や特派員なども女性が増えてきました。

わけても凶悪犯罪や火事の現場、警察署、裁判所の前からの中継を女性記者がするなど、私が新聞社に勤めていた20年ほど前は考えられなかったことです。

実際に新聞社のみならず、女性の記者自体も当時から飛躍的に増えたと思いますし、以前あった「事件や事故の現場に女性を行かせるのはどうか…」という配慮もなくなりつつあるように思えます。

そんなマスコミの職場ですが、業界用語などにはまだ女性蔑視の表現が残っています。

新聞用語で代表的なのは「ノンズロ紙面」。
新聞業界で、新聞紙面の記事の下に長方形の広告が入っていない紙面のことを指す言葉です。

語源の「ノンズロ」って何だと思いますか? 

「ノン」は「ノー」、「ズロ」は「ズロース」。

つまり記事の下に広告がはいらない見た目が「ズロースをはいていない=パンティをはいていない」ということなのです。

この語源を知った女子は、必ず愕然としますね。
私もそうでした。

後、花の見ごろなどの風景写真を撮るときのポイントとして「人物を入れる時は、女か子供を狙え」とも言われました。

これはポスターのアイキャッチでも女性が使われることと同じやり方です。それだけ新聞というメディアは男性が作ってきたという証拠でしょうが、フェミニスト団体とかだと怒り心頭になるのでしょうか?

でも女性記者はそんなことどこ吹く風と駆け回っているのでしょうね。

居酒屋のランチ”やるき茶屋”

最近は体調も良くなかったので、外食を控えていた私ですが、気分転換として、今日は彼と一緒にランチに出かけてきました。

最寄駅にあった”やるき茶屋”です。

今や、居酒屋でランチをやっているところは多いですよね。
やるき茶屋もその一つです。

私がオーダーしたのは”魚がし丼”お値段は850円、彼がオーダーしたのは”しらす丼”お値段は800円でした。
1000円以内でランチが食べれるのはとても魅力的ですよね。

出てきてびっくり!お味噌汁、お新香、サラダがついていました。
この値段でこんなに!?っとびっくりのボリュームで大変満足でした。

魚介類ですが、味も新鮮でよかったです。
小食の私は食べきれなかったのですが、お味噌汁はお変わり自由でした。
お店の雰囲気も落ち着いていて、夜も来てみたいなと思いました。

Facebookってちょっと怖いかも…

数ヵ月前、親しい友人がメールではなく、Faccebookでメッセージを送ってくるようになったのを機に、40後半にしてFacebookを始めました。
その友人は、一緒に食事をしても必ず写真を撮ってすぐアップするなどマメに情報更新をしているようですし、FBだけでつながッている他府県の友達も多いようです。

私はといいますと…。個人情報を多く公開するのはイヤなうえ、ビジュアルにまったく自信が持てないので、あたりさわりのないキャラクターのイラストを顔写真にしています。つながっている人もわずか。
多くつながりすぎると、フォローやアップだけで時間がなくなっていきそうなので、基本はつながっている人のアップ情報を楽しく見させていただきつつ、たまにメッセージを書き込むくらいです。

FBをスタートするのには、自身の情報をプロフィールとして登録するのですが、私は名前をニックネームで、現住所は県と市までを公開。女性、携帯電話の番号、住んだことのある県の名前、40代後半…の項目を登録しました。

すると、「知り合いかも」の項目に、名前と写真が次々と出てきたのです。

そのうちの何人かは、私の携帯電話の番号を知っているつながりからピックアップされた、本当に面識のある人たちだったのでびっくりしました。

その後その中の数人から「友だちリクエスト」が来たり、私も何人かにリクエストをしてつながりました。するとさらに「○○○○さんをご存じですか?」とのメッセージが届き、またびっくり! 中には会ったこともない人も含まれていましたが、そのうちの数人は私が過去に住んだことのある県からつながってきたと思われる人だったので、またまたびっくりしました。

ITにさほど明るくないので、FBのつながるしくみはよく分かりませんが、知っている、知らないにかかわらず簡単につながることが不思議でもあり。ちょっと怖いです。
ちなみに世の中ではプロフィールの項目の学校名を登録し、FBを同窓会の呼びかけに使っている人も多いと聞きます。

興味のない分野の会話バトル~!!

私が勤めている会社でお昼休みに聞いた、40代前半の男女のある日の会話から。

やりとりをそのまま抜粋します。
ちなみに二人とも転勤族です。

女「女子ワールドカップ、日本頑張ってほしいですね。普段は女子も含めサッカー見ないけど、地元のクラブチームからも代表選手が出て活躍していますから、気になります。」

男「俺、サッカーって全然興味ないな。女子ということを差し引いても、試合を見ていて熱くなる奴の気持ちが分からない。ただ単にボール蹴っているだけじゃないか。」

女「赴任地のチームから日本代表が出るなんて、そうそうあることではないですよ!」

男「赴任地といっても、俺の出身地でもないし、どうせまた3年ほど経てば、別の土地に異動になるわけだし。そう地元意識はない。もっとも出身地であっても、スポーツには興味がない」

女「じゃあフィギュア(スケート)はどうですか? 競技としてだけでなく、音楽とか、美しさとか見どころはありますよ。私も仙台に赴任するまでは興味がなかったのですが、羽生(結弦)くんが滑るのを実際に見て、彼のファンになりましたし、それからフィギュアが好きになりましたから」

男「確かに俺はクラシック(音楽)は好きだけど、競技自体は滑って、飛んで、クルクル回るだけじゃん。オリンピックとか必死で応援する気が分からない」

女「以前、名古屋におられたのですよね。浅田(真央)選手の行きつけのお店とかご存じですか?」

男「名古屋時代、行きつけにしていた定食屋があって、浅田選手が来ていたことは聞いたことがある。けど、それだけ。」

女「たとえば、試合の前に食べる『真央スペシャル」みたいなのって、あったのですか?」

男「あったのかもしれないけど、興味がないからそんなこと聞いてない」――。

その後、食事をしていた私の方を向いて二人が一言。

「くだらない話だったよね…」と。

人それぞれに興味や関心のあることは千差万別なので、どちらがどうというわけではありませんが、興味や関心が持てるかどうかは、こんなささいなことなのだということが分かり、興味深かったことだけは事実です。

ネット情報は複数のサイトで確認を

このブログの下調べも含めて「Yahoo」や「Google」のサイトをフル活用させていただいています。

ひと昔前までは、調べものといえば図書館。何日も通い、専門の分厚い辞書や事典をめくって必要なページを探したり、コピーしたり、それでも分からなければ図書館の司書さんに聞いたりしたことを思えば、情報アクセスまでの手間と時間は大幅に短縮されました。

ただ、ネットの情報は自由に書き込める(このメリットは大切)反面、内容やクオリティ、信ぴょう性などが「玉石混交」なので、ここからの絞り込みが実は大変です。

広告などの特別なサイトは別にして、基本は最初に出てくるサイトほど自分の入れたキーワードに近く、アクセス数が多いとされています。かと言って、すべての内容を鵜呑みにしてもいいかどうかは別です。

例えば、同じ人物の生年月日を複数のサイトを調べた場合、日付が微妙に違っていると明らかな矛盾を感じます。

どちらが正しいかも判断できないので、更に別のサイトも見て……といった具合です、下調べや裏付けにしっかり時間をかけているサイトも多いのですが、ネット情報では特に複数のサイトで確認することをおすすめします。

なお新聞記事などが、ネットに掲載されている場合は文字数やスペースの関係で、実際の記事よりかなり端折って掲載されていることが多いので、内容によっては感情的になることもあります。

彼らは「ネットはあくまでも(新聞を読む)入り口」と捉えているので、本当に内容が気になるのなら、記事全文を図書館などで読んでみてはいかがでしょう。

インテリア小物選び

梅雨シーズンは夏気候にうつりゆく時期ですね。

だからではないけれど年季が入っているなというインテリア小物を模様替えしてみようかという気持ちになりました。

とりあえず引っ越し当初、間に合わせみたいにしておいたカフェカーテンや、カラーボックスに積んでおいたノートや書籍などが見えない様にと使っていたミニカーテンなど。

ティッシュカバーも随分使い込んだし、こんな季節のかわりめにリフレッシュしてみるのもいいなと思ったからでした。

小物探しのはじめはネット検索でしたが思うような商品がなく、ついでと買い物した100円ショップにこれならという商品が数点ありました。

これからの物はスリッパやクッション、考えている箇所が完了になるのは一か月後くらいかと思っています。

父の日っていつ?

スーパーやショッピングモールは、季節のイベントに敏感です。
クリスマスが終わらないうちにお正月、そして節分、バレンタイン、ホワイトデー、新入学や新生活、お花見、ゴールデンウイーク、母の日と続き、「父の日」(6月の第3日曜日。今年は6月18日)が来ます。

でもある市場調査によりますと、国民の実に7割が「父の日がいつなのかはっきり知らない」とのアンケート結果に。またプレゼントのラインナップも、母の日のそれに比べ毎年迷走ぎみ。

ある年は健康志向を、ある年は趣味を打ち出した志向、またある年はビジネスグッズに特化したものだったりなど。しいて言うなら、スイーツのプレゼントが充実している反面、タバコは見かけなくなりました。

父の日も母の日も、第2次大戦後にアメリカから持ち込まれた習慣ですが、母の日が1947年と比較的早かったのに対し、父の日は1955年。世の中に広まっていったのは1980年代以降と言われています。

この2つにある30数年の差は大きいですね。それとは別に、日本ならではの父親の存在も影響しているのでは…と思いました。お母さんは、専業・兼業問わず家族のわがままに文句を言いつつも、それを束ね家庭を守っている身近な存在。

そのことは家族のみんなが分かっていて、普段から「ああ悪いな。迷惑かけているな」と思っているのです。そういった感謝の気持ちを表すのに「母の日」がマッチして、なじみやすかったのでしょう。

一方、お父さんは家庭より会社にいる時間が長く、大切なのは分かっているものの、どこか遠い存在。お父さん自身も「あらためてプレゼントしてもらうなんて…」とのシャイな気持ちも根強く、盛り上がりにかけるような気がします。

そういえば、同じ男性系イベントの「ホワイトデー」も盛り上がりませんね。

人をつなぐ「縁」「絆」「輪」

2015年も残りわずか。今年も1年、様々な場面でいろんな人と出会ってきました。本当にありがとうございます。
このブログも、そんな人とのつながりを表す漢字3つについて掘り下げたいと思います。

まずは「縁」。「縁結び」「良縁祈願」「あなたとのご縁でお仕事ができています」などと使います。

辞書でその意味を調べると「巡り合わせ」「親族、続柄などの血縁」「仏教用語の因縁・縁起」「日本の住宅様式のひとつ。縁側」となっています。

ここから私が想像する「縁」のイメージは

①糸(いとへん)がつくから、切れずに細く、長くつながっている

②(①と関連して)糸の端と端を持つ人がいてつながり合える。双方向でないと成り立たない

③きっかけは偶然かもしれないが、必然的なつながりに変化する…といったところでしょうか。

そして「絆」。

この言葉がよく使われるようになったのは2011年3月11日の東日本大震災発生の後でしょう。

しかし「絆」を辞書で調べると、そこには「呪縛、しがらみ、束縛」との意味が。これは本来は「人が休憩するとき、犬や馬などの家畜が逃げないように道端の立ち木につないだこと」から転じての意味だそうで、「人と人とのふれあい」「相互扶助」の意味合いを持つようになったのは、最近だとか。

後者の意味を持たせた「絆」のイメージは、「縁」と同じく糸(いとへん)がつくので、①②は共通するものの、「縁」よりもっと強く、内面まで含める言葉が欲しかったのではと思います。

そして付加されたイメージが⑤これまでバラバラだったものが、何らかの特別なきっかけでつながりを持ち始めた⑥「縁」よりも、より遠く、空間的、精神的な広がりを感じさせる。思いを馳せる対象になる…となるでしょうか。

最後は「輪」。これは先の2つとは異なり、糸(いとへん)が付いていないlことから、ちょっと意味が違うのではと想像できます。辞書で調べると「円形のもの。リング」「車輪」とあります。この言葉を「内輪」という言葉をヒントにイメージを広げると⑦文字通り「輪」の内は共通のつながりを持つが、「輪」の外との関係性はない⑧手をつなぎ合うことで「輪」という形が保たれているが、その手を離すこともできるくらいの「緩いつながり」。

そしてこれは「輪」の大きな特徴でもあるのですが⑨「輪」は他の「輪」と交流する(「縁」や「絆」は交流しない)ため、「輪」が大きくなったり、小さくなったりする流動性を持つ…というわけです。

もちろん「縁」や「絆」でつながったもの同士が「輪」を作って交流することはあり得ます。いずれにせよ、手と手をつなぐ関係が持てるのは人間にしかできないこと。これからも大切にしていきたいものです。