健康への関心の高さは平和のバロメーター?

これまで医者で治療を受けないと処方されなかった医薬品も、ドラッグストアだけでなく、コンビニでも購入できるようになってきました。

また病気や体調不良にならなくても、健康維持やアンチエイジング、栄養バランスの補給など、健康食品やサプリメントの市場も拡大がやみません。いくら医薬や医学、治療法が進化しても、人間にとって「生老病死」は、避けられない現実ではあります。

古代中国・秦の始皇帝は不老長寿の薬を探し求めたと言いますし、始皇帝が寵愛した楊貴妃もライチが長寿にいいと信じて食べていたそうです。

ところで現代のようなサプリメントブームが、実は江戸時代にもあったそうです。

従来の漢方薬に加え、動物の臓器などを原材料にした「生薬」と言われる約1500種類もの新薬が開発、発売されたそうです。

例えば夜に視力が落ちる病には、こうもりの眼球から作った薬(夜行性のこうもりは暗いところでよく目が見えたから)が効くとか、サソリの乾燥したものを煎じると、解毒剤になる(毒を持って毒を制する)とか、アシカやオットセイの睾丸を乾燥させて煎じたものには、精力アップに効果があるなど。

現代の私たちから見れば非化学的で、理にかなっていないなと思うこともありますが、こんなサプリメント、健康ブームが起きたのも江戸時代が平和だった証拠。

少し前までは各地の有力大名が領地を争う戦国時代。実際に戦って亡くなる武将はもちろんですが、その戦いに巻き込まれて命を落とす農民などの一般人も多数いたはずです。

いわば誰もが「死を身近に感じざるをえない世の中」。

明日はおろか、その何年か先のこと(=長寿)などは、考える余裕すらなかったのではと想像できます。江戸時代は結果として300年の太平の世が続くわけですが、民間療法や祈祷(体の中から悪霊を追い払うというような)が中心に展開していき、病気やけがの根本治療は幕末の開国で西洋医学が入ってくるまで待つことになります。

「面倒くさい」言葉のニュアンス

面倒くさいという言葉。

ちょっと使い方が変わってきているようです。

「面倒くさい」を面倒くさい説明をしますと「ある状況を説明し、それによって引き起こされる自分の感情を示す言葉」とのこと。

つまり「宿題をするのが面倒くさい」「部屋を片付けるには面倒だ」といった具合に。

でも最近では状況を説明せずに、引き起こされる自分の感情だけを表す言葉としての使われ方が増えているそう。

具体的には「あいつは面倒くさい奴だ(うっとうしい)」「面倒な彼氏ならいらない」といった具合です。

「あいつと話しをするのは面倒くさい」とか「彼氏と付き合うのは面倒くさい」という表現はありましたが、

いきなり「あいつ(彼氏)は面倒くさい」と省くことで、自分の感情だけでなく、多くの人がそう思っているんだという感情をすり替えて、個人の感情を正当化しているようにも見えます。

このように、本来の言葉の意味からニュアンスが拡大した言葉に「ヤバい」があります。

もともとは「まずい」など、よくないマイナスイメージで使われ始めた言葉ですが、近年では「マジで、この焼肉ヤバいっすね」というように「言葉にできないくらいおいしい!」という自分の感情を超える度合を示す場合にも使われます。

「荷物がヤバい」と言えば、「荷物が思っていたより重すぎる」ことだそう。

言葉は時代とともに変わりますが、「ヤバいくらい面倒くさい」?

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台風の予報円って何?

私が、ずっと勝手に思い込むなどして、40歳後半になってようやく分かったような、なんともお恥ずかしいことを紹介するシリーズ。

今回は「台風の予報円」です。

先日も、台風が私の住む中国地方を串刺しのように縦断していきました。

だいたい日本列島に上陸する台風は夏より秋の方が多く、今回のように中国地方に台風の中心が通ることは、かつてはほとんどなかったそうです。

これも人類がもたらした、気候の変動でしょうか。

それはさておき、気象予報を見ていると天気図に台風の「予報円」が示されます。

私はこの「予報円」を、暴風圏と強風圏を含めた台風の大きさ(直径)だと思っていたのです。

台風が日本に近づいてきている時に「大きくなる予報円」は、「海からの水蒸気のエネルギーを受けてどんどん膨張して大きくなっているのだ」と。

また列島に上陸して気圧が上がり、勢力が落ちた時の「大きくなる予報円」は、「勢力が弱まったから、勢いがあった時にギュっと締まっていた雲がほどけて台風の直径が広がったからだ」と。

ホントに勝手な解釈ですよね。「進み具合を予報する範囲の円」=「予報円」をまったく無視しています。

よくよく気象予報士さんの言葉を聞いてみると「台風の動きが遅く、数日先の予報が難しいため予報円が大きくなっています」とのこと。

さらに聞いてみると「この予報円のどこかに、台風の中心が入るということですから…」。

―ああ、そういうことなのかと納得しました。

でも、やっぱり「予報円」って分かりにくいです。

そもそも台風の中心の大きさって、どのくらいか素人には分からないから、予報円の大きさだけ示されても、正直ピンときません。

ちなみにこの予報円のことを正しく理解できていない人は、一説には7割いるとか。

―アハハ、やっぱり私だけじゃなかったのかと変な安心感もありました。

100年後の「未来予想図」~海外編~

21世紀に入って、早や10年以上が経ちますが、21世紀という時代は、20世紀に私たちが想像していたものとは、いい意味でも悪い意味でも「想像を大きく超えるもの」であることには変わりありません。

そんな21世紀からさらに100年先の世界を予測しようという試みが、2012年1月イギリスBBCの一般公募で行われたそうです。

その名は「100年後の予測20に対する未来学者の回答」。

1990年にアメリカの土木技師、ジョン・エルフレス・ワトキンズ氏が20世紀にあたり21世紀を予測した「100年後の10の予測」に触発されて行ったそうです。

主なものを取り上げますと

○「思考伝達装置の登場」→テレパシー装置が開発され、他人への思考伝達やネットでの保存、共有が可(文章のアイデアが目で見えるのはうれしいけど、知られたくないこともお見通しだ!)

○「天候を制御できるようになる」→竜巻や雨などを制御できる技術が実用化(やっちゃダメですよ~)

○「宇宙エレベーターの実現で宇宙旅行が安価で手軽に」→(「トンネルを抜ければ、そこは宇宙だった」?!)

○「結婚が1年契約方式に」→(シビア…。まぁ、もともと欧米の結婚は契約ですけど)

○「南極大陸の商業利用」→(始まってますけど、地球のおへそはいじらない方がいいと思います)など。地球環境には悲観的な予測も。

○「自然破壊が著しく進むため、ほぼすべての自然の側面に関する博物館ができる」→(イギリス人、博物館好きだな。南極大陸博物館とかできるのかな?)。

○「砂漠が熱帯雨林に」→(技術でできるかもしれないけど、そこまでして天候をコントロールしたいですか?)。

そして希望としては「主権国はなくなり、世界は一つの国家に」→(さすが、ジョン・レノンの歌「Imagine(イマジン)」を生んだ国です)とも。

ちなみに20世紀に21世紀予測をしたアメリカのジョン氏ですが、携帯電話、デジタルカラー写真、戦車、テレビ、調理済み食事(冷凍食品?)、温室野菜は予測が当たりましたが、人口増加を遅くする、超高速鉄道は当たりませんでした。

20世紀から21世紀は技術革新でなし遂げられるものが多いので予測もしやすいのですが、21世紀から22世紀はそう単純にはいかないので、予測がどうなることやら。

残念ながら、結果は天国で見届けることになりますね。それまで地球が存在しているのか…。

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童謡「チューリップ」に似たおしゃれな曲

チューリップ

先日いきつけのショッピングセンターへ入った時、流れてきたさわやかなギター音楽に、ふと耳を奪われました。

「♪ミー♯ファー♯ソー ♯ファー♯ソーラー シ♯ド♯レミ ♯レ♯ドシラー」……。

もちろん初めて聞く曲で、名前も知りません。

けれど、どこかで聞いたような感じがするのです。買い物で店内を歩きながら、頭の中を巡らせてようやく気づきました。

そうだ!

童謡「チューリップ」と同じリズム、フレーズだということに。

「♪ミー♯ファー♯ソー ♯ファー♯ソーラー 」が「さいたー さいたー」の歌詞の部分はまったく同じ。

続く「シ♯ド♯レミ ♯レ♯ドシラー」はフレーズは若干違いますが、「チューリップの はーなーがー」の歌詞が違和感なくおさまりそうな感じでした。

曲は進んでいくとまったく「チューリップ」とは別の展開をしていったのですが、音楽って少しは何かに似たものが出てきてもおかしくないな…とは思いました。

ちなみにショパンの「ピアノ協奏曲ホ短調 作品1番 第一楽章」の最初のピアノソロのメロディーには、五木ひろしっぽいフレーズがあります。

似てる曲を見つけると楽しいです♪

あなたもよかったら探してみてくださいね。

山口のういろうが好きだっ!

ういろうって、全国各地にあったのですね。私は「名古屋」と「京都」のものしか知りませんでした。

ういろう

特に京都では6月30日に、半年間無病息災で過ごせたことの感謝と、残る半年も無事に過ごせるよう祈りをこめて、上賀茂神社で行われる「夏越祓(なごしのはらえ)」のお菓子としてその名も「水無月」(旧暦6月の別名)という和菓子が売られています。

二等辺三角形の「ういろう」を寝かせた上に、ゆでた小豆をトッピングしたもの。平安貴族が、氷室の氷の上に小豆をのせて食べたのがその起源とされています。

ちなみに「水無月」は京都菓子工業組合の登録商標だそうです。

実はこの「水無月」のういろうが、何度食べても好きになれませんでした。

ういろうと小豆との関係も、私の中では、みつまめの缶詰にある寒天と小豆の組み合わせのような相性の悪さでした。

ういろうの部分が、私の苦手な羊羹に食感が似ていたことも、拍車をかけました。

ところが21世紀に結婚を機に当地へ引っ越してくると、地域的な近さから「山口のういろう」を頂く機会が増えました。

山口といえば「フグ」しか知らなかったので、ういろうも名産と知ったときは正直抵抗がありました。

恐る恐る食べてみると…「ん? ういろうってこんな味だったっけ?」。

まるで、わらびもちのような食感だったのです。

それもそのはず。気になってYahooで調べてみると、名古屋や京都のものは米粉で作られているのに対し、山口のういろうはワラビ粉で作られているとのこと。

京都や名古屋のものとは、原材料が違っていたのです!

ちなみにういろうは、他にも小田原、伊勢(三重)、長田(神戸市)、阿波(徳島)、宮崎に存在するようですが、ワラビ粉を使っているのは、山口のものだけでした。山口のういろうと出合ったことで、奇跡的に好きになれたのですね。

日曜日のお仕事

少し早起きした日曜日は家仕事の日、時間にゆとりがあると掃除に整頓など捗るのがいいですね。

この日は前回お洗濯したとき気になった洗濯槽のお掃除、漂白剤を洗濯槽の掃除に使うのは初めてだったので、積もってるらしい水垢と雑菌がきれいになると言う説明に疑問思いつつ下準備をしました。

これに使ったのはパルシステムの酸素系漂白剤、普段使いはカップの漂白くらいですが、キッチンの排水管掃除に使うとヌメリや臭いがすっきりできる優れものです。

これなら洗濯機だっていいはずとお湯で溶かしてから流し込み、数分攪拌してみたところ「えっ?」と思うくらいの水垢が浮き上がりました。

やや固めの顆粒もお湯からお水に溶けて効果テキメン、これは数か月に一回の定期的メンテナンスになりそうだと思いました。